大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和26年(う)3388号 判決

控訴人 被告人 田島章次 福島常吉 坂本重光 荒井順一の原審弁護人

検察官 中条義英関与

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

理由

本件控訴の趣旨は末尾添附の被告人田島章次弁護人飯山一司被告人荒井順一弁護人飯山一司及び被告人福島常吉、同坂本重光弁護人松永東、同名尾良孝各名義の夫々控訴趣意書と題する書面に記載の通りである。これに対して当裁判所は次の様に判断する。

田島被告人弁護人論旨第一点に対して。

原判決が被告人について共同正犯の窃盗事実を認定したことはその事実理由に徴して明白である。而してこれに対する法令の適用に当つてはそれが如何なる犯罪を構成し、如何なる刑罰の種類及び範囲において罰せられるかを明かにすれば足るのであるから原判決が既に刑法第二三五条を適用した以上、同法第六〇条の如く右の要件に直接に影響を及ぼさない総則的規定は必ずしもその適用を明示するを要しない。従つて原判決の理由全体を綜合解釈すれば右の規定は原判決に際して形式的にはその適用を明示せられなくても、実質的には適用せられていると解するを相当とする。原判決には所論の様な法令の適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。

同論旨第二点及び第三点に対して。

被告人の公判廷における陳述はそれが任意になされたかぎりこれを証拠にとり得ることは現行法上明白である。而かも被告人は訴訟の当事者であつて純然たる証人ではないからその陳述を証拠にとるに当つては必ずしも普通の証人におけると同様の形式的要件を具備するを要しない。即ち共同正犯の場合においてその一人が公判廷において自己の犯行について任意に自白しこれを聞知せる他の被告人が自らも公判廷において任意に犯行を自白した場合においては、その一人の自白を以てその他人の犯行に対する証拠となすにおいて何等採証上の違法を存しない。所論は畢竟共同正犯者の一人がその他人に対する関係を普通の証人が単独正犯者に対する関係と同視し、それに基いて独自の見解を述べたものに外ならないから之を採用し難い。原審公判調書によると原審の共同正犯者なる被告人等はいずれも自己並びに他人の犯行に関して自己の経験せるところを任意に陳述したものと解せられるから、その一人の自白を以てその他人の犯行の証拠とするにおいて毫も採証上の違法を存しないと謂うべきである。従つて共同正犯者たる共同被告人の公判廷における自白は他の同様なる共同被告人の犯行を認定する証拠となる能力を十分に備えていると謂うべきである。原判決も亦斯かる見解に基いて共同正犯者の自白を交互に証拠に供したものと解すべきである。而して斯かる証拠並びに証人石井一正の原審公廷における証言を田島被告人の原審公廷における自白と綜合考量するときは田島被告人が判示他人と判示犯行を共謀して共同正犯の関係にあつたことを立証することができる。従つて原判決は被告人の共同正犯の認定についても各被告人の自白以外に他の適法な証拠を挙示しておることになる。されば原判決には憲法第三十八条に違反するとの所論違法も亦存しない。結局原判決には所論違法は一も存せず、論旨はいずれも理由がない。

福島被告人及坂本被告人弁護人論旨同第三点に対して。

謄本は正本の存在を前提とするけれども、既に謄本として正当に成立した以上はその公信力において何等欠くるところあるを見ない。従つてそれが証拠として法廷に提出せられ、相手方においてその提出に同意し、それについて正規の証拠調が行われた場合には、それは適法な証拠となるのであつて、正本が提出せられ又はその提出不能の事由が疎明せられることがなくても右謄本の証拠としての適法性には何等の消長を来さない。されば原判決には所論違法は存せず、論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 佐伯顕二 判事 久礼田益喜 判事 仁科恒彦)

被告人田島章次の弁護人飯山一司の控訴趣意

一、被告人に対する各公訴事実は何れも(昭和二十五年十二月七日附及び同二十六年二月七日附各起訴状記載)被告人と石井一正との窃盗の共同正犯である。また原審認定の事実(被告人に対する(一)乃至(九))も石井一正外数名との窃盗の共同正犯であるものと認められるように記載せられている。然るに原審判決書の適用法令には「各被告人につき刑法第二百三十五条、三四郎を除く其の余の被告人につき同法第四十五条前段第四十七条第十条………」と示され被告人の各所為は単独犯の併合罪と認定した如く認められる。卒直にみて原審判決の各事実は明らかに被告人等の共同正犯と認定せられておるのであつて原審がその適用法令に於て刑法第六十条を適用しなかつたことは誤りであり且つ単独犯と共同正犯との法令の適用の誤りは判決に影響を及ぼすこと(証拠の援用、犯情等)明らかであるから破棄を免れないのである。

二、原審判決が被告人の(一)乃至(九)の各所為を共同正犯として認めたものであるとするならば本件共同正犯の認定は自白のみを不利益な唯一の証拠としたもので憲法第三十八条に違反するもので到底破棄を免れない。被告人は原審に於て本件各事実を自白しており之に対応する各被害始末書乃至は被害届書が存しており被告人の所為であることの認定に於ては妨げないのであるが被告人が他の各被告人等と共同正犯の関係にあることの立証は挙示せられていないのである。証人石井一正の証言は共謀の日時場所犯行の手段等につき被告人に対する本件(一)乃至(九)の各事実について些かも触れていないのである。

三、原審判決に於て他の共同被告人の公判廷に於ける自白を本件被告人の証拠となすことは証拠能力のないものをこれありとして採用したものであつて手続上の違反をなしたものである即ち、被告人以外の共同被告人の供述を証拠とするためには被告田島の反対尋問が確保されなければならない。若し共同被告の供述書であれば少くとも刑訴法第三二一条の制限に触れることは明らかである。所謂伝聞証拠の禁止は反対尋問を経ない供述の証拠能力を制限したものだからである。果して被告田島の反対尋問は他の共同被告に対して確保されているかというに他の共同被告は被告としての黙秘権をもつから被告田島が同法第三一一条によつて供述を求めても黙秘できるので反対尋問は確保されないから証拠能力はないのである。若し他の共同被告人を証人に立てても同人等は証言拒絶権をもつから被告田島は反対尋問を確保できないのである。従つて原審判決は明らかに証拠能力のない立証によつて被告の共同正犯を認めたもので判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。

被告人福島常吉及同坂本重光弁護人の控訴趣意

第三点原判決は違法な証拠を採用したものである。即ち原判決は証拠として、被告人等の公判廷に於ける自白、証人石井一正の証言及各被害者の犯罪届書の謄本を採用するが、刑事訴訟法に於て果して此の種の書類の謄本が証拠として提出され、証拠調をされ、証拠とするのに、正本がたくては違法でないか、問題である。何となれば謄本は正本の存在があつて始めてその存在が真正であることを認められるものである。然も犯罪届書の如く、捜査官等の作成したものでないから厳格に制限すべきである。故に検察官は正本を提出して証拠調をうけ、その後に於て謄本を提出すべきである。もし正本が他の記録に編綴されて提出できない時等はその旨疎明するか、記録の取寄をすべきである。

右の様に正本の存在が証明されぬ書類の謄本を証拠とすることは違法であり、此の違法は被告人の「提出に同意」を以つて、責問権の喪失とし、救済すべきものでない。故に原判決は右の違法を犯し且判決に影響を及ぼすべきもので破棄を免れぬ。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例